2009年11月20日

なぜ薬物依存に陥ったか その2

大学2年(19歳)の終わりごろ、リタリンを飲み始めた。
リタリンは中枢神経に作用し、抑うつ感や疲労感を除去する作用を持つ。
その当時は、ナルコレプシー(眠り病)か重度及び中度の鬱病患者に処方されていた薬である。ただし依存性が高く、連用するとすぐに耐性がつく。
私は、その頃どうしようもない抑うつ感に襲われていたので「どうしても鬱な気分が消えない」と訴え、クリニックから2錠ほど手に入れた。最強の精神刺激薬であるリタリンの効力には目を見張るものがあった。
一錠飲めば、それまで私を悩ませていたアガリ症も劣等感も倦怠感も吹っ飛び、はなはだ陽気な能弁家になるのだ。

当時の私の日記を見てみると「リタリンは魔法のクスリだ」というような事が書いてある。

確かに初めはそうだったかもしれない。
だが、一日一錠のつもりが、二錠になり、六錠になった頃には、私はもうリタリンが無ければ生活できないような状態になっていた。

大学4年(20歳)のごろになると、一日の摂取量は18錠にも及び、既に私は完全な中毒患者になっていた。
クリニックを何軒もハシゴして、半狂乱になりながらリタリンを手に入れる毎日だった。

もう、この頃になると、リタリンを飲んで元気になるというより、リタリンを飲んでボーッとする事が多くなっていた。
人格も豹変し、部屋に引きこもるようになり、授業に全く出なくなった。
友人には意味もなく怒鳴り散らしたり、平気で約束を破ったりするわで、どんどん友達の数が減っていった。

気付いた頃には、私は廃人寸前の人間に成り果てていた。
虫が部屋中を這い回っている幻覚を見たり、幻聴がしたりと、パニックになることもしばしばだった。

電話で連絡をとっていた家族がどうも私の様子がおかしいと気付いたのだろう。
いきなり京都の下宿までやって来て、私の姿を見るなり愕然としていた。
ゴミの山に埋もれた部屋。骸骨のように痩せ細った私の体。うつろな目。
すぐに私は京都の精神病院に入院させられることとなった。
正直、あの時私は心底ホッとしていた。
「これでやめられる」と思った。
もはや、誰かに強制的にストップをかけてもらわないと、やめられない状態まできていたのだ。
まさしく依存症が「病気」と呼ばれるゆえんだ。

一ヶ月間入院したが、離脱症状で苦しんだ記憶はない。
ただ、昏々と眠り続け、退院となった。

しかし、それからが本当の離脱症状との闘いだったのである……。
posted by baron2 at 03:00| Comment(0) | なぜ薬物依存に陥ったか | 更新情報をチェックする
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